秩父に行きました

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写真:秩父・長瀞の川下り乗り場

 埼玉県所沢市で生まれて、隣町の東京都東村山市で育った僕。20代が終わるぐらいまでは埼玉県や西武線沿線に同族嫌悪のような感情を抱いていた記憶があります。でも、年齢を重ねるにつれて、のんびりしているけれど良いもの(人、風景、飲食店など)が点在していることに居心地の良さを感じるようになりました。40代にどっぷり突入したいま、いろんな人の助けを借りて「我が故郷の埼玉、再発見ツアー」をやっていきたいと思います。昨日は、鉄道マニア気味の妻のコーディネートで、秩父への日帰り旅行をしてきました。写真で簡単にレポートしておきます。

池袋から西武秩父まで乗り継いで2時間半。さらに秩父鉄道で30分で長瀞に到着。川下りは予約してあったのですぐに乗れました

池袋から西武秩父まで乗り継いで2時間弱。さらに秩父鉄道で30分で長瀞に到着。川下りは予約してあったのですぐに乗れました

対岸や水面が近いのでけっこうスリルがあります!

対岸や水面が近いのでけっこうスリルがあります!

船尾はこんな感じ。川の水量が多いときはバケツ1杯ぐらいの水をかぶるそうです。

船尾はこんな感じ。川の水量が多いときはバケツ1杯ぐらいの水をかぶるそうです。

長瀞駅は人が多かったので、隣駅「野上」に避難。駅前の「祭」という良心的な蕎麦屋さんでランチしました

長瀞駅は人が多かったので、隣駅「野上」に避難。駅前の「祭」という良心的な蕎麦屋さんでランチしました。

西武新宿駅に戻り、秩父神社などを参拝しました。写真は「秩父銘仙館」の様子。秩父は絹織物の産地だったんですね。

西武秩父駅に戻り、秩父神社などを参拝しました。写真は「秩父銘仙館」の様子。秩父は絹織物の産地だったんですね。

西武秩父駅は、広いフードコートやお土産売り場、銭湯まで併設。西武鉄道の秩父観光開発への本気度を感じました。

西武秩父駅は、広いフードコートやお土産売り場、銭湯まで併設。西武鉄道の秩父観光開発への本気度を感じました。

帰りは、予約してあった食堂列車「52席の至福」に乗車。これに乗るのが秩父旅行の主目的でした。

帰りは、予約してあった食堂列車「52席の至福」に乗車。これに乗るのが秩父旅行の主目的でした。

人生初のレッドカーペット! 乗務員もとても感じ良かったです。

人生初のレッドカーペット! 乗務員もとても感じ良かったです。

車内はこんな雰囲気。ゆっくりと食事しながら西武新宿駅へと帰りました。

車内はこんな雰囲気。ゆっくりと食事しながら西武新宿駅へと帰りました。

今回、最も気に入った料理。キノコのコンソメ煮浸しとエビ、温泉卵。カラスミの塩味でいただきました。

今回、最も気に入った料理。秩父産キノコのコンソメ煮浸しとエビ、温泉卵にスダチを絞っていただきます。カラスミの塩味がほどよかったです。

まさに非日常体験をさせてもらいました。秩父と西武鉄道の実力に完敗&乾杯!

まさに非日常体験をさせてもらいました。秩父と西武鉄道の実力に完敗&乾杯!

 

 

著者プロフィール

大宮 冬洋
大宮 冬洋
 1976年埼玉県所沢市生まれ、東京都東村山市育ち。男三人兄弟の真ん中。一橋大学法学部を卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に入社して1年後に退社。編集プロダクションを経て、2002年よりフリーライターになる。
 高校(武蔵境)・予備校(吉祥寺)・大学(国立)を中央線沿線で過ごし、独立後の通算8年間は中央線臭が最も濃いといわれる西荻窪で一人暮らし。新旧の個人商店が集まる町に居心地の良さを感じていた。今でも月に一度は西荻に「里帰り」している。
 2012年、再婚を機に愛知県蒲郡市に移住。昭和感が濃厚な黄昏の町に親しみを覚えている。平日の半分ほどは東京・門前仲町に滞在し、東京原住民カルチャーを体験中。

<著書>
『30代未婚男』(リクルートワークス研究所との共著/NHK出版 生活人新書)
『ダブルキャリア』(荻野進介氏との共著/NHK出版 生活人新書)
『バブルの遺言』(廣済堂出版)
『あした会社がなくなっても生きていく12の知恵』(ぱる出版)
『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました』(ぱる出版)
『人は死ぬまで結婚できる~晩婚時代の幸せのつかみ方~』(講談社+α新書)
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