マリーミー(東京都渋谷区)

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写真:「自らが見本にならなければならない」と割り切っている植草さん。仕事場では常に婚活ファッションだ。

3カ月間で30人の従業員を全員結婚させた母の思い出
 一度でも本気で婚活をしたことがある女性ならば、結婚相談所マリーミーの代表である「植草美幸」という名前を知っているだろう。テレビやラジオ、雑誌に文字通り引っ張りだこの人物だからだ。
 マリーミーは現在、植草さんを含めて9名のスタッフで運営している。東京・表参道にある事務所を訪れると、人の出入りが多く、しかも対応が迅速。成長中の会社に共通する精気のようなものが伝わってきた。
「土日は10人以上の会員さんを1人45分間でカウンセリングしています。私のカウンセリングを受けた方はスッキリした顔で『元気になりました!』と喜んで帰りますね。私のほうは疲れますよ。あまりに疲れるので、もうやめようかなと思ったこともあります。でも、それではみなが困るでしょう」
 自信に溢れながらもざっくばらんに語ってくれる植草さん。自ら100人以上の会員を常に担当し、自分の子どもをみるような気持ちで応援し続けている。インタビューをしていると、そのパワーと魅力の背景には生い立ちと経歴が強く影響していることがわかった。
「私の父は北九州で鉄工所を経営していました。会社と家族ごと千葉に移転することを決め、約30人の従業員全員と私たち家族を連れて引っ越したのです。九州人は心が熱く、義理と人情で結ばれています。最後の一人が退職するまで、80歳を過ぎても父は経営者であり続けました」
 その妻、つまり植草さんの母親もすごい。千葉に連れてきた若い従業員たちにお見合いをセッティングし、3カ月間で全員を結婚させたのだ。両親の後ろ姿を見て育った植草さんには「会社経営者は従業員の結婚や家族の世話もするもの」という大家族主義な考え方が自然と身についた。なお、植草さんには3人のきょうだいがいて、病院経営の弟も含めて全員が「創業社長」である。

アパレル販売会社で鍛えたマッチング力とファッションセンス
 植草さんがアパレルの販売会社を始めたのは1995年。アパレルメーカーが求める人材を派遣する仕事だ。150人ものスタッフを抱え、常に25店舗に派遣し、自前でも2つのセレクトショップを経営していた。
「ある大手アパレルには45人も送り込んで最高賞を取ったことがあります。ちなみに2位の会社はわずか3人。人材派遣のコツは、派遣先の企業が求める人材像をマスターすること、そして面接の練習をすることです。服装から座り方、店舗経営に関する数字の暗記までを指導します」
 転機は2008年に訪れた。リーマンショックである。アパレル店舗にも派遣切りが吹き荒れ、働き場所を失ったスタッフをどう世話するのかに植草さんは頭を抱えた。再就職に成功した人、「私は結婚しているので生活には困らない。しばらく仕事は休みます」と言ってくれた人。様々だった。でも、残った社員のためにも会社は続けなければならない。
「ある社員から、『社長は人と人をくっつけるのが得意ですよね。結婚相談所はどうですか?』と提案してもらったのです」
 振り返ってみると、若い頃からボランティアで仲人をしていた。結婚に導いたのは30組を下らない。そして、今までも「人と企業」をくっつけてきたのだ。条件が厳しい企業相手に比べれば、個人と個人を結びつけるのはたやすいと思った。人の第一印象を大きく左右する服装やメイク、ヘアスタイルに関しては、ファッション業界で磨いたセンスと経験を生かせる。
「ただし、婚活ファッションと最新のトレンドはズレます。婚活には、いわゆる男受け、女受けをするファッションが必要なのです」
 最初は気心が知れているスタッフや身内の結婚のお世話から始め、成婚事例が増えていくにしたがって口コミで会員が増えていった。

2020年2月20日には新事務所に移転した。自社内に美容室も新設。植草さんが信頼する美容師が店長を務める。

2020年2月20日には新事務所に移転した。自社内に美容室も新設。植草さんが信頼する美容師が店長を務める。

自分たちは最後の砦。目指すは成婚。とにかく成婚です
 現在、マリーミーの会員は、「婚活リベンジ組」が8割に上る。すなわち、結婚情報サービスもしくは他の結婚相談所で1年以上活動したけれど結婚ができなかった人たちだ。
「うちは最後の砦なんです。不安を抱えながらやってくる会員さんを軌道に乗せて、結婚させなければなりません。成婚、とにかく成婚です」
 自分の人間力はできるだけ上げて、理想の相手像はなるべく下げないで、納得のいくマッチングをして結婚へと導く――。そのためのノウハウを植草さんはわずか1時間のインタビューで惜しみなく教えてくれた。さすが業界の第一人者である。すべてをここで紹介することはできないが、「最高のプロフィールを作る努力」についてだけはここに書いておきたい。
 多くの結婚相談所は連盟と呼ばれる会員情報共有システムに加入している。条件検索によって数千~数万の異性のプロフィールを閲覧し、お見合いの申し込みができる。条件の良い人には申し込みが殺到するのは当然だ。こちらの条件やプロフィールがよほど魅力的でなければお見合いすら成立しない。
「何でも同じですが、婚活は(大勢の中から)飛び抜けなければならないんです。私たちは、会員さんの両親がどこで生まれていつごろ結婚して、仕事は何をしているのかも聞いていきます。結婚においては本人だけではなく、親御さんの職業も含めたバックボーンも長所となるからです」
 もちろん、本人の見た目と人柄も重要である。マリーミーでは服装やヘアスタイル、メイクを徹底的に指導しつつ、お見合い写真の加工・修正は禁じている。実際にお見合いしたときに顔が違うと、相手からの印象が極端に悪くなり本人が傷つく結果になるからだ。
 また、人となりが伝わる具体的なエピソードを聞き出し、PR文に書き込む。プロフィールだけで見知らぬ人に「会ってみたいな」と思わせることが不可欠なのだ。
 25年に渡って、人と企業、人と人をマッチングさせてきた植草さん。その話はすべて断定調で、人によっては「強く言い過ぎる」と感じてしまうかもしれない。しかし、彼女の根底には熱い愛がある。むしろ、人間への愛情しかないことを筆者は感じた。(取材日:2020年2月10日)

※マリーミーの問い合わせ先はこちらです。
※本記事は結婚相談所比較申込サイト「こんかつ山」で掲載していたものです。サイトの閉鎖に伴い、関係者の許可を得て、本ホームページに転載します。記事内容は取材当時のものです。

著者プロフィール

大宮 冬洋
 1976年埼玉県所沢市生まれ、東京都東村山市育ち。男三人兄弟の真ん中。一橋大学法学部を卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に入社して1年後に退社。編集プロダクションを経て、2002年よりフリーライターになる。
 高校(武蔵境)・予備校(吉祥寺)・大学(国立)を中央線沿線で過ごし、独立後の通算8年間は中央線臭が最も濃いといわれる西荻窪で一人暮らし。新旧の個人商店が集まる町に居心地の良さを感じていた。今でも折に触れて西荻に「里帰り」している。
 2012年、再婚を機に愛知県蒲郡市に移住。昭和感が濃厚な黄昏の町に親しみを覚えている。月のうち数日間は東京・門前仲町に滞在し、東京原住民カルチャーを体験中。
 2019年、長期連載『晩婚さんいらっしゃい!』により東洋経済オンラインアワード2019「ロングランヒット賞」を受賞。

<著書>
『30代未婚男』(リクルートワークス研究所との共著/NHK出版 生活人新書)
『ダブルキャリア』(荻野進介氏との共著/NHK出版 生活人新書)
『バブルの遺言』(廣済堂出版)
『あした会社がなくなっても生きていく12の知恵』(ぱる出版)
『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました』(ぱる出版)
『人は死ぬまで結婚できる~晩婚時代の幸せのつかみ方~』(講談社+α新書)
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